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ファミリーハウスあおもり

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青森を訪れる機会があったので、ずっと気になっていた「ファミリーハウスあおもり」を見せていただいた。

「ファミリーハウスあおもり」は、青森県が、遊休化していた県公舎を、近接する県中央病院の利用者、特に妊婦や家族を対象とした待機宿泊施設に改修したもの。2012年7月開業。NPO法人青森地域再生コモンズが運営事業を実施している。

類似施設ではマクドナルドが運営しているものが各地にある。入院はできないが、さりとて頻繁に通院することもできない患者や家族のための施設。

特に新生児集中治療室(NICU)がある病院は限られているので、その子の母親などが典型的な利用者とされている。搾乳した母乳を冷凍するための専用冷蔵庫がおかれていた。私事だが、長男は生まれてすぐ離れた病院のNICUに移されたので、私も妻の絞った母乳を運んでいたことがあるのを思い出した。

なにせ青森県は広く人口密度は低い。とりわけ冬の移動は厳しい。病院に通うこと自体が簡単ではないのである。こうした状況では、ドラマティックな緊急対応のあり方が話題になることが多いが、ドクターヘリなどが活躍できるのは最初の一歩であって、患者と家族にとってはそこから長い治療の日々がはじまる。それからの生活を支援するのがこの施設だ。

開業当初は知名度もなく、病院関係者でも知らない人が多く、苦戦していたが、最近ではかなりの稼働率になっており、5月だけで約300人の利用があったという。

突然の訪問にも丁寧に対応してくださったフロントのNさんは、ホテルフロントの勤務経験がおありとのことだが、あとのスタッフは皆「ママさん」で、工夫しながら運営してこられた。室内は清潔で、随所に手作りの工夫が感じられ、弱っている利用者にとって大きな安心感があろうことを感じさせるものだった。

病院までは徒歩で5分ほど。静かな裏通りで大きな道を渡る必要もない。それでも付添の人なら問題ないけれども、患者さん本人には遠い距離である。スタッフの方は、本来業務の範囲を超えると知りつつも、放っておくこともできないので、病院まで付き添っていくことになることもあるという。

患者さんだから、亡くなることもある。スタッフの負担は小さくはあるまい。医師や看護師でなくても、こんな形で生と死に向き合う仕事もあるんだねえ、などとスタッフ同士で話されることがあるそうだ。

患者が危篤に至り,付添に「ご家族やご親戚に連絡してください」と医師が告げたのを受けて、日本のあちこちから親戚がやってきて、急に満室になってしまったこともあるそうだ。

嬉しいこともありますか、とやや意地悪に尋ねてみた。すると、ファミリーハウスからNICUに8ヶ月に渡って通い続けたご夫妻が、再三の手術を経て遂に退院かなったお子様を抱いて、顔を見せに来てくださったことがあった、この時はうれしかった、今までそんなことはなかったですから、と教えてくださった。このときの笑顔は、とても印象的だった。


建築としては、エレベータのない階段室型の集合住宅の1〜2階の住戸4戸を改装し、11室の宿泊室にしている。地表の階段室入り口に引き戸を入れてエントランスとし、室内化している。土足のまま部屋まで入る形式だ。水まわりはすべて共用で、施設内にはシャワーしかないが、公衆浴場が近くにある。また、厨房もないので、洗面所と備え付けの共用電子レンジを使うことになる。買い物はすぐ近くの生協でできる。

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古い公舎の改修なので、バリアフリーの点では無理がある。なにしろいきなり階段なのだから。階段室型でもエレベータをつける技術的方法はあるが、問題はもちろん費用である。

需要は掘り起こされている。まわりの住戸も空いている。しかし、この事業をスケールアップするには、新しい次元の投資が必要だ。このまま階段しかないということでは、三階を使うことには無理がある。水平に展開する場合には、壁を破って隣の住戸と接続しなくてはならない。

しかしそもそも、これは必須の公共施設というものではないから、あくまで公有遊休施設の改修として初期投資を最小化することで初めて成立している企画なのである。

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この施設は青森県庁のファシリティマネジメントチームによって始められたプロジェクトである。私は縁あって、この構想が検討されはじめた時期に、対象となる公舎を見せていただいたことがある。率直に言って、内装の老朽化は深刻であり、またバリアフリー対応が本質的に困難であるもあって、その時はかなりネガティブな評価をしたように覚えている。

だが、青森県庁のファシリティマネジメントチームはそこから地道に実質化を作業を続け、この施設を実現させた。大変な努力が必要であったことは想像に難くない。

シビアに始めるしかなかったプロジェクトが、首尾よく成功した時に、どのようにスケールすればいいのか。贅沢な悩みではあるが、難しい課題があると感じた。

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2014年06月15日 22:01に投稿されたエントリーのページです。

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