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『ゼムクリップから技術の世界が見える』

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ヘンリー・ペトロスキー『ゼムクリップから技術の世界が見える-アイデアが形になるまで 』朝日新聞社,朝日選書733,2003

ペトロスキーは,土木の専門家で技術史家。本書は,ゼムクリップから,鉛筆の芯,ジッパー,アルミ缶,ファクシミリ,航空機,水道,橋,高層建築などが,どのように設計され改良され製造されてきたかを蘊蓄たっぷりに語る。

『フォークの歯はなぜ四本になったか』(平凡社,1995)という本も書いている。こっちも同じように事例たっぷりの本であるが,より方法論的な構えになっており,「形は失敗にしたがう」とか「道具が道具をつくる」「つねに改良の余地がある」などといった箴言めいた章題をもつ。

さて,工学とは失敗の歴史である。

削りたての鉛筆の芯はよく先が折れる。その折れた芯先の大きさや形がどれもほとんど同じであることに気づいたエンジニアが,その破断のメカニズムをモデル化し,大きさと形が同じになる仕組みを説明した。しかし,彼のモデルでは,その破断面が芯の軸に対して垂直ではなく,常に一定の角度でわずかに傾くことを説明できなかった。約10年後,別のエンジニアが同じ問題に取り組み,より詳細なモデルをたてて,折れた芯先の微妙な形の違いを説明することに成功したが,やはり破断面が傾くことは説明できなかった。

彼らがともに失敗したのは,「「破断が起こるのは,最大引っぱり応力が,ある特定の平面全域の臨界値に達したときである」という前提のもとにすべての分析をし,その平面に平行にはたらいて亀裂の進路をそらすかもしれない剪断力をすっかり無視していたから(p.80)」だった。鉛筆はただ上から紙に押し付けられている(=曲げ応力を受ける)だけではなく,文字を書くために常に横滑りをしており,剪断力(せんだんりょく)を受けているのだ。

BOPP(引用者注:折れた芯先のこと。Broken-Off Pencil Point )の問題が例証しているのは,工学的な分析結果を吟味し解釈するさい,根本的な前提を忘れずにいて,そこに立ち戻ることがいかに重要かということである。基本的な前提の妥当性に疑問を抱いて,その制約を意識しないかぎり,自分がそれらに縛られて結果を解釈しているという事実を見落とす恐れがある。(p.83)

失敗を克服するためには,前提を疑わねばならない。
つねにラジカルに考えたい。

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2004年08月06日 03:44に投稿されたエントリーのページです。

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