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デンソーのMOKUMOKU

名古屋の「ノリタケの森」で開催されていたデンソーの企業文化を伝える展覧会「MOKUMOKU」を内覧させていただく機会をいただいた。

MOKUMOKU

展示の仕上げのタイミングで騒然とする会場ではあったが、どのような展示になるのかは見通せる状態になっていた。「過剰品質」と自虐的に自らを揶揄しつつも、丁寧なものづくりに情熱を傾ける企業文化が直裁に現れた、すぐれたプレゼンテーションであった。

ここには具体的な製品の展示はなかったが,刈谷の本社には製品を紹介する展示場が常時公開されているので、あわせて見るとよいと思う。

デンソーギャラリー

内覧に先立って、いくつかデザイン部の仕事を拝見する機会もいただいた。

2013年のモーターショーで発表されたコミュニケーションロボット HANA は、手に乗るほどの小さな愛らしいロボットに、頭と腕の簡単な動作と限定的な音声入出力機構を与え、車載システムとのHMI(Human Machine Interface)を集中させるというものだ。

コミュニケーションロボット

iPhoneにSiriという音声認識機能があり日本語でも簡単な会話はできるようになっている。2014年のiOS8.1からは、電源につないだ状態で、"Hey Siri"と呼びかけるとまったく触らなくても応答してくれるようになった。私はクルマの運転中によくこれを使っていて、「Hey Siri, 自宅までの道順を教えて」とか「○○さんにメッセージ」とか「午後の天気は?」とかやるのだが、うまく通じさせるコツは、照れずに大声でハッキリと話すことだ。

この時重要だと感じるのが、たとえ単なる矩形でも、なにか視覚的な焦点として、iPhoneの本体がダッシュボード上に存在していて、ごくわずかでも画面にフィードバックのアニメーションが表示されることで、そこに「会話の相手」がいると感じられることだ。このままクルマそのものにこの機能が組み込まれればマイクは見えなくなるのだろうが、虚空にむかって「開けゴマ!」と叫ぶことができるような気はあまりしない。もちろん、最初は照れ臭かったハンズフリーの電話にもだんだん慣れてきたように、虚空に向かって会話をすることにもだんだん慣れていくことができるのだろうけれども、コミュニケーションの際には意識の焦点に相手がいるというイメージモデルが強固に染みついていて、これを払拭するのは簡単でないように思う。

HANAの実験は、こうした機械とのコミュニケーションのイメージモデルを柔軟に再構築することの難しい人々(要するに普通の人々)とのHMIを考えていく上で非常に示唆に富むものだ。巨大で不可視のシステムに凝縮して擬人化した「姿」あるいは「顔」を与えることは、「依り代」をおくことであって、文明論的な深い意味があるように思う。

もうひとつ印象的だったのは、長時間の手術をする医師の腕を支える iArmS。見た目はなんとも大げさな「電動ひじ掛け」だが、動作は非常に繊細なものだ。微妙な腕の動きをセンシングして軸部のブレーキのホールドとフリーを自動で切り替えて滑らかに動く。ブレーキがあるだけで、動きにはアクチュエータは働かず、カウンターウェイトだけで支えているから暴走する心配はない。

参考記事: デンソー、手術時に医師の腕を支える支援ロボット iArmS を発売

参考動画: デンソーウェーブ「iArmS」の仕組み

iArmSは、姿勢保持具という意味では一種の「椅子」でもあり、ふだんワークプレイスの研究をしている私には実に興味深いものだった。ワークプレイス業界では、可動部分の多く着座姿勢を個別化できるワークチェアが一般化した後、今は高さが電動で可変できるデスクというのが流行ってきている。より動的に全身の姿勢を保持するシステムが求められる時が来たら、iArmSは優れた先行事例ということになるだろう。

HANA も iArmS にも共通しているのは、人が弱っている瞬間を支援するデザインだということだ。自動車部品メーカーとして、長年にわたって「安全」を追究してきた視線が、先行研究的なデザインにおいて、人間そのものの弱さに向けられているということなのだろう。

我が身を振り返れば、いつまでも被災地ぶるつもりもないが、それでも東北は様々な「弱さ」が残酷に露呈してしまっている地域だ。この地で新しいデザインを考える意義があるとすれば、「弱さ」に応答するということが可能性の中心になるのかもしれない。もちろん、ただ甘く優しくするということではないのだが。

余談

♫ デンソープラグー ワ ーイード U! というCMソングをふと思い出して以来、脳内リフレインが止まらないでいる。なんとかしてほしい。

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2015年09月23日 00:30に投稿されたエントリーのページです。

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