« 駐車場問題の最終的解決 | メイン | 『本の読み方 スロー・リーディングの実践』 »

六角橋

日本建築学会の大会が神奈川大学で行われた。私自身は発表はしなかったのだが,あれこれとお役目があり,三日間神奈川大学に通った。

神奈川大学は東横線で横浜から三つめの白楽駅から歩いて15分ほどなのだが,途中にある六角橋のまちが実に面白いところであった。

ネットで散見したところによれば,かつて六角橋は横浜の市電の北の終点であり,これよりさらに北の地域——現在でこそ港北ニュータウンなどがひらけているが,昔はまったくの農村部だった地域——の人々がここまで歩いてきて,市電に乗り換えてミナトヨコハマに出かけていくという交通の要所だったそうだ。その後,神奈川大学の前身である横浜専門学校が立地するなどして,現在の高密な住宅地が形成されていった。住宅だけのためにつくられた町ではないから,住宅地であってもいたるところに店舗や飲食店が食い込んでいる。

白楽駅から六角橋交差点まで長く続く商店街があるのだが,これと並行して,ふれあい通りと称するアーケード街が続いている。これが非常におもしろい空間なのであった。場所はここ


P1010154

間口一間ほどの極小の店舗が,狭い通路に沿ってびっしりと並んでいる。食品店や洋品店,飲食店のほかにも,ハワイ雑貨店や機械時計専門店,鉄道模型店(その筋では有名な「だるまや」)などマニアックな店もあり,またあきらかに古くさいやる気レスなものから今風の紅茶専門店やシルバーアクセサリ店など,実にバラエティにとんだテナント・ミックスになっている。

通路には屋根がかかっているが,部分によって木造の洋小屋だったりテントだったり鉄骨だったりする。おそらくは度々火災にあってその都度屋根をかけ直しているのであろう。実際,途中に敷地二つ分が更地になっているところがあって,まわりの様子から見て火事の跡と思われた。この部分のアーケードは最小の単管足場材で絶妙に支持されていた。この仮設の架構もいつのまにか定着し,アーケードの混合架構コレクションの新たなアイテムとなるに違いない。

六角橋はひたすらリニアに長い。たぶん150mぐらいあるだろう。この通路はゆるい坂になっている。しかもただの坂ではなくて,間口の小さな店の床にすり付けるためにいちいち細かく調整されていて,人工微地形になっている。この勾配と微妙なデコボコが,通路の単調さを退け,方向感覚を与え,歩き心地をおもしろくしている。

便所は共用でアーケードから横に入った路地にある。中でもアーケードの白楽駅寄り終端部にある便所は,建物の隙間をクランクした先の坪庭にあって,絶妙なスケールの空間をもっている。こうしたスケールをヒューマンスケールという。さまざまな主体が空間というごく限られた貴重な資源を奪い合う時,人が通れなくなっては元も子もないというギリギリの譲歩によって,やっとすれ違えるだけの通路と視界が確保される。人間の寸法ギリギリのスケールだから,ヒューマンスケールというのである。

多数の主体が空間を奪いあい,お互いがギリギリの譲歩をすることによって共用の空間が確保されるという構図はどの都市空間でも同じなのだが,ギリギリの基準を何にするかは違っている。ひとりの人間ギリギリと,消防車ギリギリ,ヘリコプターギリギリ,重機ギリギリでは全然寸法は違う。消防自動車ギリギリの空間は歩行者にはブカブカで間抜けだが,逆に消防車で乗り込んでこそ味わえるピッタリフィットが気持ちいい空間というのもあるはずなのである。ちなみに郊外のロードサイドショップの空間は「運転に自信のないおばさんの乗用車ギリギリ」に作られている。もちろん,日本の多くの建築空間は,建築基準法ギリギリに作られている。

さて,六角橋の非常に近接性の高い緊密な空間は,近所付き合いのあり方とセットでないと持続が難しいだろう。ある店の店主がふと何かを思いついた表情になって自分の店を出て,スタスタスタと三歩で斜向かいの店に入るや否や「だからさあ……」と話を再開する場面に出くわした。斜向かいの店の亭主もみじんも驚きもせずに再開された話にのっていく。店の内外境界や道路を挟んで空間は分節されているのだけれども,会話の時空は宙づりにされたままになっていたのである。パーティションで区切られたオフィスのほうが,よりくっきりと分節されているのではなかろうか。

商店街には公式ホームページもあって,悪乗りとも思えるイベントも盛んに行われているようだ。

心残りは,六角橋交差点に近い鯛焼き屋さんの上鯛焼きを食べ損ねたことだ。作り置きの「並」とは異なり,特製の餡を用いた上鯛焼きは注文を受けてから焼かれるので10分ぐらいは待たねばならないという。値段も1.5倍する。興味はあったが,建築学会のお役目に遅刻ギリギリだった私は並をかじるよりなかった。今度はゆっくり行って,上を試したいと思う。

参考サイト:
六角橋
六角橋 - Wikipedia

コメント (3)

横浜には面白い町がたくさんありますよねえ。

もとえ:

やっぱり崖っ縁だからでしょうね。

naka:

横浜歴1年過ぎましたが、知りませんでした。近所にもたくさん崖っぷちありますが(笑)。おもしろそうな場所ですね、ぜひ一度行ってみたいとおもいます。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2006年09月09日 19:35に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「駐車場問題の最終的解決」です。

次の投稿は「『本の読み方 スロー・リーディングの実践』」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。