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『メディア・ビオトープ』

を,中西泰人さんの紹介で読む。

水越 伸,『メディア・ビオトープ―メディアの生態系をデザインする』紀伊国屋書店,2005

生物生態系をメディアの生態系と置き換え,具体的な人工物やそれが組み合わさった景観をメディアとそれを支える技術システムとして考えてみると,メディアイロンの重要な課題とその解決の糸口をよりうまく見出すことができるのではないだろうか。(p.79)

というわけで,メディアとコミュニケーションに関する問題を,「ビオトープ」のアナロジーの体系で網羅的に説明しようという試みである。なるほど高い整合性でアナロジーの体系が構築されている。しかし,これは壮麗な理論構築物の完成を愛でる種類の本ではない。

比喩の体系がいくら整合していても,わかったようなわからないような感じ,なんだかうまく丸め込まれてしまったような感じはどうしても残ってしまうのである。

しかし,たぶん,すっきりしてしまってはいけないのだ。「これからの情報社会のなかでメディアに対して批判的になり,情報は注意深く選択していかなければならないと痛感しました」などというようなステレオタイプの感想には筆者自身も苛立っている(p.108)。本書での議論が,ずっしりと腑に落ち,血肉化されるためには,自らのコミットメントが必要なのだろう。これは読者に行動せよと促す本なのである。

p.97からのメディア・リテラシーの説明はとてもよいと思った。紹介されている「媒体素養」という訳語もいい。


ビオトープは生物の「生き伸びる力」を前提にしてつくられている。しかし,メディア・ビオトープではそうはいかない。「生物がある環境に適応して棲息するという,遺伝子情報に裏打ちされた活動とは違い,人間が情報環境に適応し,そのなかで自律的に生きつつ,コミュニケーション活動をしていくためには,そのための素養と技術が必要になってくる。それがメディア・リテラシーだ(p.98)」と水越はいう。

メディア・リテラシーはセーターの比喩で説明される。

我々は今日,セーターを洋服屋で選ぶ。買う。着る。痛んだり古くさくなったりすると捨てる。終了。

しかし,ちょっと前なら,セーターは毛糸を買ってきて編むことが珍しくなかったし,着古したらほどいて別のものを編み直したりしていた。セーターはもっと大きく長いサイクルで我々と関わっていた。だが,いまではその習慣のかなりの部分は失われた。

僕たちは今,母の若いころよりははるかに多くの色や素材,ブランド,デザインのなかから衣服を選ぶことができる豊かさを手に入れた。しかし僕たちの多くは,衣服をつくることができない。その仕組みや作り方を知らないし,場合によってはなおしたり,掛け接ぎすることさえできない。そしてかんたんに捨ててしまう。捨てたモノがどうなるか想像することもない。(p.102)

この,表面的な豊かさの背後にある,サイクルの短さ,断片性,「送り手と受け手の乖離」そして「表象とコミュニティの切断」。このような事態にあたって,メディアリテラシーとは何か。

それは,メディアという衣服を,ただの商品として買って使うだけではなく,それがどこで,誰によって,どのように作られたかを知ることによってより賢く,したたかに着こなすことができる営みであり,同時に自分で服を編んだり,繕ったり,新しい編み方を考えたりすることができる営みのことを意味するといえるのではないか。そうした活動を通じて,衣服をもっと自分のものにできるようになること,衣服を通じて自分と社会との関わりや,社会の仕組みを理解できるようになることまでの射程にしているのである。(p.103)

これは「読み書き能力」のことですなどと,曖昧に説明されてばかりでよくわからないままにされる「リテラシー」という概念を,とてもよく説明する喩え話になっている。メディアでも環境でも空間でもなんでもいい。○○リテラシーとは,○○をとらえる枠組みを拡大し,そこへ我が身を投じて○○の実践へと接続していくための,つまり○○にコミットしていくための意志と素養のことなのであった。

この,受け取るばかりではなく,こちらから働きかける,というつながりの双方向性はとても重要なことだ。ちょうど読んでいた別の本でも同じような議論があった。

長年にわたって,ほとんどの科学者は逆方向のつながりを無視してきた。新皮質が感覚の入力を受け取り,それを処理し,必要な行動をとるという観点で脳の働きを解明しようとするかぎり,情報に逆方向の流れは不要だ。感覚野から運動野へといたる,順方向の流れだけを考えればいい。だが,新皮質の重要な機能が予測をたてることだと気づいた途端に,脳のモデルには逆方向のつながりが必要になる。最初の入力を受け取る領域へと,情報を送り返してやる必要がある。予測をするためには,起きると思ったことと実際に起きたことを,比較しなければならない。実際に起きていることが階層をあがっていき,起きると思うことが階層をくだっていく。(ジェフ・ホーキンス, サンドラ・ブレイクスリー,『考える脳 考えるコンピューター』ランダムハウス講談社,2005,p.128)

こっちもすごく面白い。

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2005年06月08日 02:11に投稿されたエントリーのページです。

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