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『僕たちは編集しながら生きている』

を読む。

後藤繁雄『僕たちは編集しながら生きている 』マーブルトロン,2003

編集者・後藤繁雄(いちいち挙げないけど,聞けばああアレやった人なんだぁって人だ)の編集教室「スーパースクール」の講義録。具体的なワークショップのネタが回答例とともにいっぱい紹介されていておもしろい。


なにかと「惜しげ」なものが多いご時世にあって,この惜しげもなさは素晴らしい。ホントはいろいろ隠してるのかもしれないけど,隠していることを見せて価値を高めるかのようなさもしいところは全然ない。

アイディアというものは,ケチケチしていては出てこないんです。(中略)思い付いたことはどんどんオープンにしていった方がいい。自分のアイディアを,誰かが改造し,どんどん提供していく。おそらく,オープンソースの考えに近いと思います。(p15)
なんていうんだけど,
ただオープンソースの場合は,市場占有率などにおけるイニシアチブをとって「価値」の決定権を手に入れるという考え方でもあるんですが
…と釘も刺してる。

さて,本書は,鈴木明の『インタラクション・デザイン・ノート』や原研哉の『デザインのデザイン』とも通じるところがある。要するに,新しいファセットをもった何らかの技術・技芸を,自ら当事者として開発しながら,さらに人々と共有していこうという姿勢が共通しているのだ。

考具』も広い意味で類書だといえようが,著者の加藤昌治は「『考具』はインストラクター本です」と書いている。
「先生、コーチではなく、インストラクター」。

どうしてなのか、知的作業の世界ではインストラクション、 がとても少ないのが現状です。

運動だと、たくさんあるのです。
例えばフィットネスクラブ。
インストラクターが自分の目の前で、真似すればいいカタチを示してくれます。
一生懸命に付いていくと、ある程度出来るようになりますね。

ところがアイデアを出す、という世界では
そんなインストラクターを見る、真似する機会が少ないのです。

なぜ少ないかは簡単で,教えているはずの人もできないことが多いから。わたくしも精進したいと思います。

建築家は建築をつくるのではなく,建築をつくるためのインストラクション・キットをつくるのだ,というようなことを書いたことがある。ちょっと言葉は違うかも。
cf. 「何を描けばいいのか?――建築設計からみる図学教育

インストラクションとインタラクションは似てる。どっちも,誰かとのやりとりをデザインするってことだからな。

後藤繁雄オフィシャルサイト:gotonewdirection

コメント (2)

いりえ:

「チームが絶対うまくいく法」
http://www.nikkei-bookdirect.com/bookdirect/item.php?did=31127
に、作者のデイヴィッド・ストラウスが設計を学んでいたときに、
先生が自分の設計をみながら「ぶつぶついいながら直しを入れてくれた」話が書いてありました。
その、ぶつぶつとしたつぶやきが一番役に立ったとも書いてありました。
インストラクションとインタラクションという話に通じるようにおもえます。
おもしろい本でした。

それはそうと、「変なもの(wema)」
http://www.mikihoshi.com/wema/wema.cgi
見ましたでしょうか?
ちょっと触れば、「すばらしい!!」ことがすぐわかるとおもいます。
日本人もすごいじゃん、と。

もとえ:

「変なもの」いいですね。
こいつはプロジェクタで壁いっぱいに映して使うとイイ!と思いながら,まだ試せないでいます。
お試しのサイトは反応が鈍すぎて,こんなんじゃ仕事にならねえよって感じですが,ローカルにシステムをつくれば全然違うのでしょうね。

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2004年04月14日 19:01に投稿されたエントリーのページです。

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