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2014年12月 アーカイブ

2014年12月26日

仙台市震災復興メモリアル等検討委員会報告書

2年にわたって開催されてきた「仙台市震災復興メモリアル等検討委員会」の第10回=最終回が行われ、宮原委員長から奥山市長に報告書が提出された。

報告書は下記に公開されている。

仙台市震災復興メモリアル等検討委員会報告書~東日本大震災の記憶と経験を未来へ、世界へ、つなぐ提言~ (PDF:1960KB)

この委員会には、私も委員としてずっと関わってきた。

報告書をご覧いただくと、一足飛びに遺構保存施設の建築計画に飛びついたり、モニュメントを打ち立てましょうみたいな話にはならないで、非常に広範な議論がなされていることが読み取れると思う。

どんな事業でも行政は、たいていいつも「早く終わらせろ」という批判にさらされている。しかし、この事業は例外で、簡単に一丁あがりにはしないので、終わらせずに長く続けることこそが求められている。

また空間的にも、仙台市の市域が中心であるのは当然なのだが、被災地最大の都市として、その全体のゲートウェイとして機能する責任をもつべきことも意識されている。

事業推進体制の確立の重要性も特記されており、まもなく具体的な遂行組織の形態が発表されることとなるだろう。

しかし、抽象的で広範な理念がまとめられているということは、今後の具体的なプロジェクトへのブレイクダウンはまだまだなされていないという意味である。様々なデザインが、これから具体化されていくことになる。

メモリアル事業のデザインには独特の難しさがあるだろう。それはとても「正しい」ことなので、ついナイーブなものになってしまいがちだろう。悲劇はスペクタクルとして安易に消費され、またその情動は簡単に反転して未来を高揚するという形で政治的に利用されてしまう恐れがあるだろう。メモリアルの形は変わらないが、その社会的含意は時代とともに変わっていくことを避けられないことも、その造形者は強く意識しておかなくてはならないだろう。

委員会での私の最後の発言で、ジェニファー・ワイゼンフェルドの『関東大震災の想像力』のエピローグを引用した。

「この年号--1923年--を「地震ひと(1)揺れ、国(92)さん(3)ざん」と覚えたと回想している。子どもたちはその歴史的意味を理解することなく、防災訓練を通じて身体の中に、棒暗記を通じて頭の中に、震災を内面化する。かくして、この出来事が表面化させた深い社会的・文化的・歴史的意識から教訓を学ぶ機会を国民が得ることのないまま、妥協的に出来上がった本所の記念館の中に、簡略化され削除された教科書のなかに、お決まりのこととして繰り返される防災行事の文化のなかに、関東大震災の記憶は、物言わずとどまりつづけている。(前掲書 p.357)」

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