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2014年06月 アーカイブ

2014年06月08日

『スコット・ロバートソンのHow to Draw -オブジェクトに構造を与え、実現可能なモデルとして描く方法-』

好著。副題もいい。フリーハンドで空間にグリッドを構築して立体物のスケッチを描いていく手順を詳細に解説。

連携アプリも用意され、タブレットを使ったビデオチュートリアルがたっぷり用意されているのも今風でおもしろい。喋りながら手を動かしている手元を映してるだけなのだが、感じがよくわかる。

私は建築系の訓練を受けてきたのでスケッチは矩形を積み上げていくマナーなのだが、本書では楕円がキーになる。また、シンメトリーのための中心線からの反転描画や、立面図の曲線と平面図の曲線を「コンボ」して空中に曲線を定位させる手順など、建築系にはない感じのスケッチのステップが詳しくでてくる。

楕円の短軸を意識しながら描き進め、「円を楕円として配置する方法がわかると、キューブ(立方体)を遠近法で描くこともでき」るという。えー、先に矩形を書いて内接するように楕円を描くんじゃないの、と思ったりもした。

で、ひとしきり、ビデオチュートリアルも見つつ、楕円を使いながら空間を描く練習をしてみると、脳内でスケッチ時の空間の捉え方が更新されていく感じがあった。

それから、私は右利きで、ずっと時計回りに楕円を描いてきたが、ビデオでは反時計回りに描くことが多いようだった。これにも違和感があったのでやってみた。これも新しい感触をもたらす経験だった。

2014年06月12日

ダイバーシティ

コクヨの八塚さんにお誘いいただいて、ダイバーシティ経営研究会凸凹ミックス会議に参加してきた。

冒頭、私から視点提供ということで、せんだいスクール・オブ・デザインの取り組みについて紹介した。なぜこんな教育プログラムを、メインカリキュラムと並行して実施する必要があるのか。

まず、伝統的な建築デザイン教育というのは、関連する体系立てられた技術知識を学びつつ、それらを利用して設計を行うことで知識を統合していくプロセスを学ぶという形になっている。さらに深い知識を学び、それに相応しい複雑で高度な設計をしながら知識を統合していく…ということの反復によって、より高い技能の「ピラミッド」を獲得していく。このピラミッドについて、十分な裾野の広がりおよび頂点の高さを得ることができれば、アーキテクトの資格に到達しうるというモデルである。

ここで提供されている技術的合理性にそって体系化された知識は、H.Rittelいうところの「おとなしい問題 tame problem」には対応できるが、「意地悪な問題 wicked problem」への対応はむずかしい。だから、ピラミッドづくりと並行して、意地悪な問題に対応できる能力を獲得するための教育プログラムが必要になる。とりわけ、大学院レベルにおいては。そのために、「多規範適応型コラボレーションによるプロジェクト駆動型デザイン教育」であるところのせんだいスクール・オブ・デザインをやってます……というような次第だ。多規範適応型コラボレーション、すなわち今日の文脈では、ダイバーシティをもった環境において習慣の異なる他者と協働する経験を通じて、意地悪な問題にひるまないタフさを身に付けられるようになる、というわけである。

続いて、八木橋パチ昌也さんがIBMの、太田垣純一さんがP&Gの、それぞれグローバル企業でのダイバーシティ関係施策についてのプレゼンテーション。示唆に富む発表の詳細は近々に研究会のサイトに公開されるはずなので、そちらを見ていただくとして、私にとって面白かったのは、IBMやP&Gにとって、ダイバーシティは手段や目的ではなく、世界規模で優れた人材を雇用しようとした「結果」であり、さらにいえばむしろ「課題」としてある、ということだった。太田垣さんの表現によれば「最高の人材によりグローバルの頂点をめざしていくことの結果として、異文化ダイバーシティの組織にな」ったのだということである。

八木橋さんが指摘されていたのだが、本来、多様性と受容 Diversity and Inclusion とはセットになっているはずであるのに、後者は往々にして忘れられ、ダイバーシティの部分だけがバズっている。これは、ダイバーシティの獲得が何事かをなすための、たとえば企業にイノベーションをもたらすための、手段になっており、さらにはそれ自体が目的化してしまっている証左ではないかというのである。

せんだいスクール・オブ・デザインの例も、ダイバーシティのある環境に身をおいてプロジェクトをやってみるという経験に学ぶという形になっているということは、ダイバーシティは手段として扱われていることになる。これは、意識的に用意して身を投じることがなくてはダイバーシティに富む環境が得られないという、職能の細分化の問題、あるいは地方都市の問題を反映しているわけだ。

しかし、ダイバーシティが不可避の「結果」として現象している組織においては、むしろその受容と管理にこそ課題があると考えられている。太田垣さんが使った「桃太郎」の比喩によれば、鬼を退治に行くのに、わざわざ犬と猿と雉を連れて行くことになってしまい、ドッグフードとバナナと鳥の餌を持っていかなければならない。これはしんどいですよね、と。

そこで、IBMが全社員を対象とするJamを行って自ら社の行動指針を策定してみたり、P&Gがなるべく簡単な英語を使う——accordinglyでなくsoを使えというような——指導をしたり、メールなどを書く際のフォーマットとして Memo Writing のテンプレートが厳格に設定されていたりというような、ダイバーシティを手なずけるための管理手法が開発されてきているわけなのだ。

会での質疑の際に、Memo Writing テンプレートのような画一化ともいうべき管理手法は、せっかく集めた人々の創造性を抑圧してしまうことにならないのか、という質問が出た。もっともな疑問だろう。

桃太郎の比喩を重ねるならば、桃太郎はドッグフードとバナナと鳥の餌を持っていくかわりに、共通の食料として「きびだんご」を使用した。桃太郎は、おばあさんの手による「きびだんご」というイノベーションによってロジスティクスの問題を克服できたからこそ、犬と猿と雉というダイバーシティに富んだチームを編成し、鬼退治というコラボレーション・プロジェクトを成功させることができたのだ。P&GのMemo Writing テンプレートは「きびだんご」なのである。

組織が、世界水準で高い競争力を保持し続けるならば、その組織のダイバーシティが高まることは不可避である。ここではダイバーシティは結果であり課題である。ダイバーシティを保ったまま、それらを包摂するための手法が開発されなくてはならない。一方で、そこで活躍できるメンバーでありつづけるためには、包摂の手法によって飼いならされてしまうことのない「野鴨の精神(IBM)」を鍛えることが必要なのであろう。

2014年06月15日

ファミリーハウスあおもり

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青森を訪れる機会があったので、ずっと気になっていた「ファミリーハウスあおもり」を見せていただいた。

「ファミリーハウスあおもり」は、青森県が、遊休化していた県公舎を、近接する県中央病院の利用者、特に妊婦や家族を対象とした待機宿泊施設に改修したもの。2012年7月開業。NPO法人青森地域再生コモンズが運営事業を実施している。

類似施設ではマクドナルドが運営しているものが各地にある。入院はできないが、さりとて頻繁に通院することもできない患者や家族のための施設。

特に新生児集中治療室(NICU)がある病院は限られているので、その子の母親などが典型的な利用者とされている。搾乳した母乳を冷凍するための専用冷蔵庫がおかれていた。私事だが、長男は生まれてすぐ離れた病院のNICUに移されたので、私も妻の絞った母乳を運んでいたことがあるのを思い出した。

なにせ青森県は広く人口密度は低い。とりわけ冬の移動は厳しい。病院に通うこと自体が簡単ではないのである。こうした状況では、ドラマティックな緊急対応のあり方が話題になることが多いが、ドクターヘリなどが活躍できるのは最初の一歩であって、患者と家族にとってはそこから長い治療の日々がはじまる。それからの生活を支援するのがこの施設だ。

開業当初は知名度もなく、病院関係者でも知らない人が多く、苦戦していたが、最近ではかなりの稼働率になっており、5月だけで約300人の利用があったという。

突然の訪問にも丁寧に対応してくださったフロントのNさんは、ホテルフロントの勤務経験がおありとのことだが、あとのスタッフは皆「ママさん」で、工夫しながら運営してこられた。室内は清潔で、随所に手作りの工夫が感じられ、弱っている利用者にとって大きな安心感があろうことを感じさせるものだった。

病院までは徒歩で5分ほど。静かな裏通りで大きな道を渡る必要もない。それでも付添の人なら問題ないけれども、患者さん本人には遠い距離である。スタッフの方は、本来業務の範囲を超えると知りつつも、放っておくこともできないので、病院まで付き添っていくことになることもあるという。

患者さんだから、亡くなることもある。スタッフの負担は小さくはあるまい。医師や看護師でなくても、こんな形で生と死に向き合う仕事もあるんだねえ、などとスタッフ同士で話されることがあるそうだ。

患者が危篤に至り,付添に「ご家族やご親戚に連絡してください」と医師が告げたのを受けて、日本のあちこちから親戚がやってきて、急に満室になってしまったこともあるそうだ。

嬉しいこともありますか、とやや意地悪に尋ねてみた。すると、ファミリーハウスからNICUに8ヶ月に渡って通い続けたご夫妻が、再三の手術を経て遂に退院かなったお子様を抱いて、顔を見せに来てくださったことがあった、この時はうれしかった、今までそんなことはなかったですから、と教えてくださった。このときの笑顔は、とても印象的だった。


建築としては、エレベータのない階段室型の集合住宅の1〜2階の住戸4戸を改装し、11室の宿泊室にしている。地表の階段室入り口に引き戸を入れてエントランスとし、室内化している。土足のまま部屋まで入る形式だ。水まわりはすべて共用で、施設内にはシャワーしかないが、公衆浴場が近くにある。また、厨房もないので、洗面所と備え付けの共用電子レンジを使うことになる。買い物はすぐ近くの生協でできる。

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古い公舎の改修なので、バリアフリーの点では無理がある。なにしろいきなり階段なのだから。階段室型でもエレベータをつける技術的方法はあるが、問題はもちろん費用である。

需要は掘り起こされている。まわりの住戸も空いている。しかし、この事業をスケールアップするには、新しい次元の投資が必要だ。このまま階段しかないということでは、三階を使うことには無理がある。水平に展開する場合には、壁を破って隣の住戸と接続しなくてはならない。

しかしそもそも、これは必須の公共施設というものではないから、あくまで公有遊休施設の改修として初期投資を最小化することで初めて成立している企画なのである。

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この施設は青森県庁のファシリティマネジメントチームによって始められたプロジェクトである。私は縁あって、この構想が検討されはじめた時期に、対象となる公舎を見せていただいたことがある。率直に言って、内装の老朽化は深刻であり、またバリアフリー対応が本質的に困難であるもあって、その時はかなりネガティブな評価をしたように覚えている。

だが、青森県庁のファシリティマネジメントチームはそこから地道に実質化を作業を続け、この施設を実現させた。大変な努力が必要であったことは想像に難くない。

シビアに始めるしかなかったプロジェクトが、首尾よく成功した時に、どのようにスケールすればいいのか。贅沢な悩みではあるが、難しい課題があると感じた。

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